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Joi散歩 ~あま市七宝町~

今回のお散歩エリアはこちらです♪

七宝焼きで有名なあま市七宝町を、名鉄津島線の七宝駅を起点に南下しながらご紹介。

まずは名鉄津島線「七宝」駅から徒歩10分程南下した場所にある瑞円寺から。この瑞円寺はその境内の一角におまつの方生誕地があります。現在は生誕地としての標が残るのみだそうで、本堂の中にはお位牌が安置されています。ちなみに、おまつの方とは加賀の戦国大名前田利家の正室です。おまつはこちらあま市七宝町沖之島で篠原一計の娘として産まれましたが、4歳の時に父一計が亡くなると母の再婚のため母の妹の嫁ぎ先で荒子城主前田利昌に養育されることになりました。12歳の時、利昌の子で従兄弟にあたる前田利家に嫁ぐと32歳までに2男9女を産みます。12歳で母となり、そこから32歳までの20年間に11人を産んだとは、現在では、なかなか想像しにくくびっくりですね。後に利家が亡くなってからは芳春院と名乗っています。

瑞円寺にはプロ野球の闘将としても有名な星野仙一さんの永代供養碑もあります。星野仙一さんは2000年に瑞円寺本堂建立委員長をつとめられており、住職と親交も深く、三回忌を前に星野家ご家族とご親族の志しにより瑞円寺内沖之島霊園に永代供養塔を建立することとなったようです。永代供養碑に書かれている「夢」は星野仙一さんの直筆だそうです。中日ドラゴンズの選手、野球関係者の方々もよく訪れて手を合わせていかれるそうでサイン色紙などが飾られています。こちらの住職はまた、アントニオ猪木さんとも親交が深いようでプロレスラーの真壁刀義さん達との写真やサインなども飾られています。運良く住職と会うことができると色々と楽しいお話を聞くことができますよ!

続いて、瑞円寺から南下し、県道79号線を西に入った場所に七宝焼アートヴィレッジがあります。こちらは、人々に親しまれてきた「七宝焼」について、見て・触れて・学んで・体験することができる総合施設です。現在のところ閉館してますが7月1日より開館予定だそうです。

七宝焼アートヴィレッジからさらに南下すると八幡神社があります。境内には樹齢300年以上といわれる県の天然記念物に指定されている羅漢槙(ラカンマキ)という樹木があります。また、七宝焼起原碑と林庄五郎翁顕彰碑が並んであります。明治20年に遠島をはじめ、この付近の七宝焼製造業者の団結の証として七宝焼起原碑は建立されました。林庄五郎とは、七宝焼の秘法を会得し、塚本貝助・塚本儀三郎にその秘法を伝授し、その後継者が七宝焼を発展・繁栄させたという、七宝焼きの祖ともいえる人物です。その功績により、後に七宝焼きは世界の美術品と賞賛されるようになりました。  

更に南下し、あま市七宝庁舎北の交差点の北西角に七宝焼原産地道標があります。尾張七宝は、海外向けの販売を主にしていたこともあり、明治15年頃から外国人が遠島およびその周辺の窯元を訪れていました。そのため明治28年に建立されたこの碑には、当時としては珍しく上部にShippoyaki Toshima のローマ字が刻まれています。窯元に通う外国人のために刻まれた文字ではありますが、当時の尾張七宝の隆盛を今に伝え残す貴重な石碑です。

七宝焼原産地道標から南東方向に進むと法光寺というお寺があります。境内にある梵鐘はもともとは元和4年(1618年)に、遠江国周智郡(現静岡県袋井市)村松の神明社に久野城主久野丹波守宗成より寄進されたもので、明治維新の神仏分離により処分され、明治10年に法光寺に移されました。

七宝焼原産地道標の北西あたりには佐藤醸造さんがあります。「♪シッポー、シッポー、みそみそ ママの味、七宝みそ」という懐かしいCMソングはご存じでしょうか。佐藤醸造さんは、「七宝みそ・七宝しょうゆ」創業140余年の歴史を持つ醸造メーカーで尾張唯一の蔵元です。建物の茶色がなんだかお味噌っぽくて・・・お味噌汁が飲みたくなりますね(^_^)

いよいよ梅雨に突入ですね。梅雨の晴れ間にお散歩したいところですがムシムシ(^_^;)

熱中症に注意して下さいねm(_ _)m

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